牧師紹介
みなさまへ
牧師の横谷亘と申します。
この教会のホームページをご覧くださり、ありがとうございます。
私は1974年に大阪の岸和田で生まれ、育ちましたが、高校二年生の時に父親の転勤に伴い、突然北海道に移り住み、そこでキリスト教信仰を得ました。
その後大学で千葉に、卒業後は名古屋で十年間、商社に勤めました。その後、北海道聖書学院という聖書を学ぶ学校で勉強し、名古屋にある自由ヶ丘キリスト教会で伝道師として、また2011年からはタイのバンコクにあるタイ聖書福音教会という日本語教会の牧師をし、2019年よりこの七飯福音キリスト教会の牧師として主に遣わされました。
趣味はサッカー。観るのも、やる(フットサル)のも大好きですが、タイ在住時に右膝の半月板を痛め、今はぼちぼちです。あとプロ野球の阪神タイガースの大ファンで、その勝敗に一喜一憂しています。


こんにちは
私は昔、クリスチャンというのは正しい人がなるものだと思っていました。しかし高校生の時にそうではないと知りました。クリスチャンとは正しい人がなるのではなく、正しく生きようと思っても決して正しく生きることができない、そう思った人がなること、こんなにも正しく生きられない私だからこそ、イエス・キリストが身代わりとなって十字架で死んでくださった、そう信じる人がなるのだと知り、クリスチャンとなる決心をしました。人生に疲れ、悩んでいる方、またこの世界や人間、自分自身について色々と考えさせられている方、ぜひ教会に来てください。
また日常の生活に振り回され、自分の人生について考える余裕のない方も、ぜひ神のことばである聖書を手にとって読んでみてください。教会はあなたの来られるのを心から歓迎します。
最後に聖書の言葉をお伝えします。
イエスはこれを聞いて、彼らにこう言われた。
「医者を必要とするのは丈夫な者ではなく、病人です。
わたしは正しい人を招くためにではなく、
罪人を招くために来たのです。」(聖書)
証 -尊いのは存在-
私は33歳で聖書を学ぶ学校に入った時、あれもできない、これもできない自分を知り、 勉強だけでなく、みんなと上手くやっていくことができないことに行き詰まりました。 人の評価や自分の評価でひどく落ち込み、「自分のような能力も愛もない者が牧師に なってはいけないのではないか」と思い、ついには「自分のようなものが存在すべきで はないのではないか」「消えてなくなりたい」と思うようになりました。そんな時、 この「道ありき」を再読しました。そして次の言葉に衝撃を受けました。 「綾ちゃん、生きるということは、ぼくたち人間の権利ではなくて、義務なのですよ。 義務というのは、読んで字のとおり、ただしいつとめなのですよ」この言葉は、 わたしをふるい起こした。(そうか。生きるということは、義務だったのか。義務ならば、 どんな苦しいことがあっても、まず生きなければならない)(文庫本p184)
生きるのは人間の権利ではなく義務、義務とは「義しい務め」なのだ。つまり人は何が できなくても、他人がどう評価しようとも、ただ生きているだけで義しい務めを果たし ているのだ。この世界は結果や能力で判断し、それができないものの存在価値を否定します。 そんなメッセージで溢れています。しかし聖書の神は絶対にそう言わない。何ができる できないではなく、自分という人間が生き、そこに存在している、それを尊い、義しい と見て下さる、そうわかったのです。私達は誰一人自分の意志でこの世に生まれて来た者 はなく、誰一人自分の意志や力で心臓を動かしている者はいない。神の力と許しの中で 生存している。神の許しなしに生存し続けることはできない。であるなら、私たちが今生 きていることは100%神の御心なのであり、神の栄光がそこに存在しているのだ。だから 上手く生きられない、苦しい時は、ただ息をしているだけで十分、世界が何と言おうと神 は私の存在を、ただそこに存在しているだけであっても喜んで下さる、そう自分に言い聞 かせようとこの時から思ったのです。
もし、私と同じように人生に行き詰まり、生きることから逃げ出したいと思うことがあり ましたら、どうか知って下さい。この世界は結果や能力であなたを判断しますが、聖書の 神はあなたの存在を喜び、尊ばれるということを。私達は時に、生きるのが苦しくて苦し くて「死にたい」と思うことがある。もう駄目だと思うことがある。でもそんな時、ぜひ 自分に言い聞かせて欲しいのです。自分は生きているだけで十分なんだ。人が何と言おう と、神はそれを義しいと認めて下さる。ただ息をしているだけかもしれない。でもそれで 十分大仕事を果たしているのだと。何ができなくてもいい。社会のレールからはみ出して しまったとしても、大きな失敗をしたとしても、あなたが今生きていること、存在してい ること、そこに神の栄光があります。何よりも尊いのはあなたが存在していることです。 あなたという人間が存在し、生きている、それは誰にも代わることのできない大仕事、 義なる務めなのです。
「わたしは、だれが死ぬのも喜ばない。
――神である主のことば――。だから立ち返って、生きよ。」 (聖書)
七飯福音キリスト教会 横谷亘